ふと気がついた事がある。
先生の『そう』と言う言葉。

どこの何に対しての『そう』なのか
見抜く目を持たなきゃダメだ。

プリマ先生の『そう』と
ゴットハンド先生の『そう』は
意味合いが違うって事。
式を間違えて答えが合ってる。
つまりアンディオールは
やってない(出来てない)けど
形にはなってる。
なんて言う状況の時。

プリマ先生は罵詈雑言の嵐になる。
なんでやれと言う事をやらない!

ゴットハンド先生は
言う事は言うけど出来てない事の
否定よりは出来てる部分を褒める。
みたいな。

プリマ先生はアンディオールを
やろうとする為のあれこれが重要。
通り道や指の使い方など。
それをちゃんとやるから形になれる。

ゴットハンド先生は
そこはやってほしい所ではあるけど
形と言うゴールを先にくれる。

その人その人で
褒めポイントも違う。
だから何があってもゴールに行けたら
それはそれでいいのかもしれない。

見る目が出来て来ると
時々なんで?
どこ褒めたの?
って思ったりするけど
その人の今の最大限であれば
『そう』になるかと。

式を教えても理解の範疇にないから
先に進む為の『そう』

長くやってると
正しい式の先にしかゴールはなくて
まだまだ出来てないんだなって
思わざるおえない。

形になって『そう』をもらっても
アンディオールは後ろ姿に現れ
自分では見えない。
これが怖いと思った。

メイトさんに
後ろ姿ちゃんとチェックしてもらおう。